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2005/08/13

日航機墜落事故

 日航機墜落事故から20年たちました。

 当時私は学生で、ちょうど8月12日から月末まで夏休み。のんびり家で過ごしていました。夕飯を食べながら見ていたNHKの7時のニュース、松平アナウンサーが「日本航空123便の機影がレーダーから消えました」と速報を読み上げて、家族で「えーっ!」それから延々とニュース番組が続き、それを見ながら、大変なことになったと思っていました。

 夜遅くになって乗客名簿が発表され、親戚のおじさんと同じ名前があり、年齢も一緒。母があわてて電話をかけて無事を確認。

 次の日の朝、電話がかかってきました。母のいとこが搭乗していたのです。

 私は会ったことはなかったのですが、ちっちゃいときからやさしくていい子だったと母が言っていました。突然命を奪われて、どんなに無念だっただろうと今でも思います。

 当時は東京に住んでいましたが、自衛隊の基地から墜落現場への通り道だったらしく、大きなヘリコプターが毎朝何機もバラバラと音をたてて飛んでいきました。その音は何日も何日も続いたのです。

 事故から1週間後、母と叔父の家へ行きました。叔父は報道関係の仕事をしていましたが、仕事に出かけていて留守だったので部屋の掃除などをし、ついで洗濯もと思ったら、ワイシャツが7枚洗濯機に放り込まれていました。

 干すときに、シャツの1枚の背中の右肩から左脇まで、ななめに1本赤いボールペンの線がシャーっと引かれていました。あまりの大事故に仕事場がごった返していて、誰かがボールペンを持ったまま脇を走っていった時についたんだけど、お互いに気付かなかったんだろうねと母と話しました。

 叔父はいとこが亡くなった事故を、どんな気持で見つめていたんでしょう。聞いてみたことはないし、これからもたぶん聞かないと思いますけど。

 20年目ということで、特集番組をやっていて、フジの金曜エンタテインメント特別企画「8・12日航機墜落20年目の誓い~天国にいるわが子へ~」 というのを見ました。驚いたのは、ボイスレコーダーの音声を、カナダの研究所へ持ち込んで周波数を分析したら変化がなかったこと。これは機内の気圧が変化しなかったことを示しています。また、急激な気圧の変化があれば、コックピットのクルーは意識が朦朧とするはずだとも。このことは、『後部圧力隔壁が壊れて客室内の高圧空気が尾部へ噴き出し、垂直尾翼を破壊した』と結論付けられた事故原因に反することになります。

 これはどういうことなんでしょう?

 鎮魂の日、福岡発の日航機がエンジンから出火。福岡空港に引き返しました。繰り返しおこるトラブル。たくさんの尊い命を犠牲にした事故の教訓が、生かされていない気がします。

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コメント

初めまして。正衛門と申します。
日航機墜落事故について言及されていたので、
トラバさせていただこうと思ったのですが、できませんでしたので該当URLを記しておきます。
よろしければお立ちより頂けたら幸いです。失礼致します。

日航機墜落事故の真相
http://d.hatena.ne.jp/thyself2005/20061004/1159905303

投稿: 正衛門 | 2006/10/04 07:27

 こちらこそ初めましてm(__)mふみさとと申します。

 コメントありがとうございます。後ほどおうかがいさせていただきますm(__)m

 

投稿: ふみさと | 2006/10/05 00:38

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» <JAL系機>飛行中エンジンから出火、福岡空港に緊急着陸 [街道をウロつく]
 よりにもよって、8月12日に。 **** 12日午後7時46分ごろ、福岡空港を [続きを読む]

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