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2005/01/17

阪神大震災から10年

 あの日から10年たちました。

 私は神戸で生まれました。親が転勤族だったので、いろいろ引っ越したのですが、トータルで9年近く神戸に住んでだことになります。一番好きな町はと聞かれたら、迷うことなく「神戸」と答えます。

 そんな神戸を地震が襲いました。うちの方も揺れを感じ、びっくりして目が覚めましたが、神戸が大変なことになっているとは思いもよりませんでした。あとからニュースで惨状を見てびっくり。母が片っ端から親戚の家に電話をかけました。幸いみんな命は無事で、本当によかったです。

 テレビでは次々と信じられない光景が映し出されました。倒壊したビル、横転している高速道路の橋脚。燃えさかる炎、一面瓦礫と化した住宅地。6千人以上の方々が亡くなり、その何倍もの方々が家族や友人を失った悲しみにくれました。家を失った方々の大変な避難生活……。部外者の私でも、ぼう然としたり、涙が出たり、胸が痛んだりしました。

 映画を見に行っていた三宮駅前の新聞会館のビルの被害を見たとき、私は自分の中のある感情に気づきました。それは喪失感です。神戸では多感な時期を過ごしました。その思い出の神戸、自分の精神的基盤である神戸が失われて、心にぽっかり穴があいた気がしました。もちろん、肉親や友人を失われたり、大切な財産や仕事をなくされた方々とはまったく比べものにならないのですが、神戸という町がこわれたことが、私にはとてもショックだったのです。

 今年は10年目ということで、いつもより特集番組が多かった気がします。かけがえのない人を亡くされた方々の悲しみは年月がたっても決していえることがないのだということが、番組から伝わってきました。そして残された家族は、亡くなった方の分まで1日1日を精一杯生きてきて、これからもそうしていくのだということが……。

 私は創作が趣味ですが、人というもののやさしさ、そして強さを書いていこう。改めてそう思った日でした。

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コメント

ふみさとさん、こんばんは。
この記事に気がついていたのですが、
遅くなりました。
実は、わたしは、震災時、神戸にいました。
小さい時から数年前まで住んでいたのですよ。
ですので、ふみさとさんと同じく思い入れ深い街なので、
あんな姿を見るのは辛くて仕方なかったです。

わたし自身は震度6の地域にありながら、
被害はほとんどなかったですが、
妊娠中だったのですごく不安でした。

でも、実際に被災された方の恐怖や不安、
そして、悲しみには、遠く及ばないものだったでしょう。
10年経っても、それはなかなか癒されることがなさそう。
わたしには何もできずにいますが、
せめて、少しでも早く被災された方たちの心が癒されることを祈っていたいです。

投稿: KEI | 2005/01/18 18:24

 こんばんは、KEIさん。
 神戸にお住まいで、震度6を経験されていたのですね。道をはさんで向かいどうしで全然被害が違ったなどという話も聞きました。赤ちゃんともども、ご無事で本当によかったです。でも、こわかったでしょう。経験された方じゃないとわからないこわさですよね。

 今回、色々な番組を見て、悲しみは悲しみのままであり続けるんだなって思ったりしました。悲しみが少しでも癒えますようにって私も祈りたいです。

投稿: ふみさと | 2005/01/19 02:22

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