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2004/11/26

モンブラン

 2歳半からピアノを習っていました。親は私が習いたがったと言いますが、そんなことは嘘にきまっています。「ピアノ習おうね~すご~く楽しいからね~」「うん!」こんな感じだったのでしょう。私は親の陰謀にまんまとはまってしまったというわけです。

 小学校1年生のときに、某音大の教授のおうちにレッスンに行きました。弟子入り試験みたいなものだったんでしょう。ピアノを弾いたあとで、先生はケーキを出してくださいました。自分でも信じられませんが、当時私はケーキがあまり好きではありませんでした。台が嫌いで、クリームだけ食べていた記憶があります。出されたのは私の天敵モンブラン。クリームすら食べられません。

 先生はおっしゃいました。「あなただけ特別待遇よ。さあ、召し上がれ」『待遇』この言葉に私はおびえました。父親の口ぐせ『実際』と、そこはかとなく似ているではありませんか。『実際』も意味不明でしたが、『待遇』はいったい何語なんでしょう?モンブランと『待遇』このふたつに私は完全にノックダウンされてしまいました。

 先生は「またぜひいらっしゃいね」とおっしゃってくださったらしいのですが、私は「もう絶対に行かない!どうしてもやだ!」と言い張りました。私は全然記憶にないのですが、ピアノを弾き始めてすぐに、ぴしゃっと先生に手をたたかれたそうで、それを嫌がっていると母は思ったらしい。それは誤解でした。私は、行ったらまたモンブランが出る。それに『待遇』ってのもこわくてやだ。と思ったのです。

 結局レッスンにはそれっきり行きませんでした。父親の転勤で引っ越したのも理由のひとつだったんだと思います。でも、中学校1年生の終わりまで、親とピアノの先生は音大に行かせようと思っていたみたいです。中2になるとき、ピアノを取るか、勉強をとるかと聞かれて、私はもちろん勉強!と答えました。ピアノを弾くことに飽き飽きしていたからです。やめるとすぐに指が動かなくなりました。11年半の積み重ねが、たった1ヶ月でぱあになったというわけです。

 一応絶対音感なんていうのもついてますが、そのおかげで小学校のとき、ヘ長調のドはファですよ。ファソラシ(♭)ドレミファをドレミファソラシドと言いかえて歌いましょうって言われてパニックになったり、ろくなことがありませんでした。

 あのときモンブランが出されなかったら、私の人生は変わっていたでしょうか?いえいえ、それはなりませぬ、じゃなかった、ありませぬ。生来の怠け者が、ピアニストになれるはずはないのでした。

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