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2004/11/22

昨日の続き 「最後の忠臣蔵」

 昨日の記事にコメントをいただいたので、それに対するお返事と自分の考えやなんかをここに書こうと思います。ちょっと長くなっちゃうので。

 時代劇ファンになって、まずはまったのが忍者もの。次は剣豪もの。もちろん忠臣蔵にもはまりました。耐えに耐えて、大願が成就した時のカタルシス。でも、『女たちの忠臣蔵』を見てから、それがちょっと変わったんです。女たちの静かな怒りは、公のために個を犠牲にすることをいとわない、そしてそういう行動を美談とする『日本という国の伝統』に対して向けられているような気がしました。そしてこの伝統は、昔から現在に至るまで、いつの時代でも女たちのなげきや怒りの対象となってきたのではないかということに、思いあたったのです。

 『忠臣蔵』もまた、この伝統によって、時代を越えて語り継がれてきたのでしょう。大義のために死ぬことを美徳とする伝統は、もしかして先の戦争にも受け継がれていたのかな、などと思ったり。なんかそう考えると、どうもそのあたり、いや~な気がして(^_^;特に最近、世の中キナくさいから(^_^;
 それがあって、どうも『最後の忠臣蔵』でも、篠に味方しすぎてしまうみたいです(^_^;

 市井ものが今は一番好きです。一生懸命生きていく人々が、とてもいとおしい。自分も、もう若くないのかなってしみじみ感じます(笑)大河の『新撰組』を全然見てないのも、彼らが行き着く先には、『死』しかないのがやりきれないから。時代劇の十八番『武士道とは死ぬことである』とか『滅びの美学』とか、かっこいいと思ってた自分ってどうよって(^_^;この1年ほど時代劇から遠ざかってるのは、ほとんどは『ER』にはまったせいですが、ちょっとこのあたりの理由もありなのかななどと思います。

 何だかんだ言っても、やっぱり時代劇が好きなんですけどね(^^)

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コメント

こんにちは、ふみさとさん

コメントに本文でレスをつけるって、素晴らしいアイデアですね。コメントだけのレスよりも公開的だからいいです。

『女たちの忠臣蔵』、残念ながら見ていません。「女」を主張した湿っぽさとか、「男」を主張したマッチョの単純さとかは苦手で、もしかしたらいい作品を見逃しているのかもね(^^;)

>大義のために死ぬことを美徳とする伝統は、もしかして先の戦争にも受け継がれていたのかな、などと思ったり。なんかそう考えると、どうもそのあたり、いや~な気がして(^_^;特に最近、世の中キナくさいから(^_^;

そうですよね、武士の心は一部の日本人の心、多くの日本人庶民の心と共通なものはあったでしょうが、死ぬことを讃える武士だけの気風をさも日本人全体の心であるかのように明治以来ミスリードされて、先の戦争で多くの若い命が散らされてしまったという考え方には頷きます。

お篠の心情には同情できない私ですが、月曜版「忠臣蔵」の戸浪には、父親の死をもものともせず、好きな男と添いたいなんて、変形「八百屋お七」の熱情だなと感心してしまいました。

投稿: KAY | 2004/11/23 16:08

 KAY様

 『女たちの忠臣蔵』は昭和54年に東芝日曜劇場の1200回記念番組として制作された作品で、脚本が橋田壽賀子でした。ほんとに橋田作品らしい番組で、史実なんてどこかに放り投げて(
あ、これはほめ言葉です)、浪士たちと妻や娘が会うのです。りくも内蔵助と主税に会ってました。女性の側から見た忠臣蔵で、好き嫌いは別れると思うんですが、私はおもしろかったです。スカパーで割合最近見ました。

 月曜日の忠臣蔵は録画はしてるのですが、まだ見てないのです(^_^;お正月に一気に見ようかななどと思っています(^^)

投稿: ふみさと | 2004/11/24 03:42

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